秋の好きな記憶たち

  • レアですよ。
    あ、そういえば、この時良かったよね。 そういう記憶たちを詰め込みます。気ままにね。

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2010年1月

なにもこんな日に。。。

天気もいじわるねぇ。

降るなとはいわないけど、なにもここまで降らなくたっていいじゃん。

センター試験は一時間遅れて開始。

一生懸命勉強に励んできた受験生がかわいそうだなぁ。

交通機関が麻痺していることで、余計な心配をしなければならないでしょうに。

昨日の夜からひどい雪だったので、玄関前のロードヒーティングを入れていたんですよ。

そしたら、夫が朝になって「おい、灯油ないぞ。ロードヒーティングとめたほうがいいな。」と…。

そっか、今日は日曜日だから、灯油配達してくれないかも。

しぶしぶロードヒーティングを切って、すぐに雪かきを始めました。

玄関前と、二階のバルコニーのところ。

でもね、たったさっき終わったばかりなのに、今見たらこうなの。

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どうしてこうなるかなー。

さっきやったんだってば!ほんと。

きれーーーーーにやったわけ。

でも、これこのままにしておいたらドアが開かなくなっちゃうんだよねぇ。

 

 

 

もう一回やろ。

トップでした!

本当に嬉しかった。自分の音楽が認められた気がして。

もちろん課題もたくさんあるけれど、3月の全国大会にむけて、また頑張ろうと思えるような評価をいただけました。

わたし、小さいころに両親がすごく厳しくて、やることなすこと全然認めてもらえなくて、悲しみや不満のような満たされない気持ちをずっと抱えて生きてきたんですよね。

でも、そういう自分の気持ちを表現できる唯一の手段が音楽だったんです。

歌が大好きで一人で何時間も歌を歌ったり、オーケストラの音楽を聴いて「この曲、なんか好き。」と思ったら、頭に勝手にメロディーがインプットされてそれが夢に出てきたり、全然弾けないくせに、ピアノに座るとその日の感情が曲になって思い浮かんだり、そういう子でした。

だから、それが人に認められるっていうことは、自分の気持ちをわかってもらえたような気持ちになります。

コンクールが終わって、帰り際に全然知らない女の人がきて「ずっと前からファンでした。本当に感動しました。」と言ってくださいました。

あぁ、今日はいい夢をみることができそうです。

おやすみなさい。

明日は本番

明日はいよいよコンクールです。

万が一、雪などの悪天候で会場入りする時間が遅れたら困るので、今日は会場のホテルに泊まります。

はぁ。明日よりも今日のリハーサルのほうがイヤだな。

明日はどんな演奏であれ、後悔したって仕方がないから諦めもつくんですけど、今日のリハーサルのできによっては、明日の演奏に影響が出ちゃうんです。わたしの場合。

緊張しますか?ってよく聞かれるんですけど、緊張はしません。

どうしてでしょうね。お客さんがいればいるほど楽しめます。ステージの響きを聴くの、大好きなんです。

いつだったかな、新聞かなんかの取材をうけたときに、「先生の目指す音はどんな音なんでしょう。」と聞かれて「柔らかくてあたたかい音です。」と言ったら「あたたかい…?」と不思議な顔をされましたが、本当にあたたかい音ってあるんですよ。

ホールでしか味わえない音。

自分でステージにのっているくせに、その音を聴くのが楽しみで緊張しないんだと思います。

さて、そろそろ準備をしますね。

明日、何時になるかわからないけど、結果をお知らせしますから!

自分の役目と他人の役目の境目

少し前のできごとだけれど、N先生から相談をうけた。40代の女性の先生だ。

Y先生(男性)と意見が違ったので、自分の意見をただ言っただけなのに、その日から態度がかわり、避けられるようになったという。普段はいいけれど、仕事のことでどうしても話さないといけないことでも近づいただけで避けられるし、大切な書類も提出してくれず、とても困っているという話だった。

わたしは、大人なのになんてことだ、とあきれた。

わたしもY先生とは仕事上よく話すけれど、多少感情的になるところがあり、人の好き嫌いが激しいこともわかっていた。でも、意見が食い違ったからといって、あとから引きずるようなことはなかった。「人をみてるな。」とわたしは思った。

N先生はとてもおとなしい先生で、ときどき失敗をしてしまうことがある。Y先生は失敗を許せないところがあるので、失敗をするくせに反対意見を言うなんて!と腹を立てたのだろう。

わたしは、困りきったN先生に「A先生(秋の本名)だったら、うまくやってくれそうな気がするから、なんとか間に入ってもらえないだろうか。」といわれたので、「やってみます。」と言った。

何日か様子をみて、ちょうど二人になったときにY先生にさりげなくN先生とのことを聞いてみた。Y先生は堰を切ったように「本当に腹が立つ。」とN先生の悪口を言い始めた。

でも、それは、とても納得のいくものではなかった。感情的になっていて、まるで子どものようだった。

わたしは思わず、N先生のかたをもつ発言をした。仕事は仕事と割り切ってやらないと、という注意じみた言葉も発してしまった。するとその次の日からY先生は、秋にもひどい態度で接するようになった。

カウンセラーの先生にそのことを話すと、先生はにやりと笑ってこう言った。

「間に入るからさ。」

「でも…N先生は悪くなかったし、なんとかしてほしいって言われたから。だって、本当にN先生のほうが正しいと思うんです。言い方とか、ちゃんとよく考えたんです。」

「で、どうなった?Y先生とN先生、うまくいったかい?いかなかったじゃないですか。それだけじゃなく、あなたにまでやるようになった。そうでしょう?」

「………はい。確かにそうです。でも、どうしたらよかったんでしょう。相談にのってほしいと言われたときに断ればよかったんでしょうか。」

「いや、そうじゃなくて、違う方法がよかったんじゃないですか?」

「違う方法ですか…。」

「あなたがやったのは、越権行為ですからね。」

「えぇ?!越権行為??」

「そうですよ。あなたに任せられている仕事には、他の先生を注意することは入っていないんですよ。」

「はぁ。」

「それは、管理職の仕事です。教員同士の人間関係をどうにかするなんていう仕事は、教頭や校長の仕事ですよ。」

「まぁ、確かにそうですけど。」

「だから、話を聞いてあげるのはいいと思いますし、自分の意見を言うのもいいとは思うんですけど、Y先生に対しては本来やるべき役目の人のところに戻してあげたらどうだったんでしょう。」

「あぁ、教頭先生に相談してみたらどうですか、とかですね。」

「そうそう、そうです。越権行為をするとね、つまり、生意気になりますから。」

わたしは「たしかにそうかもしれない。」と思って笑った。

「でもね、先生。わたし、そういうことよく頼まれるんです。なんとかしてもらえないか、とか。あの先生に注意してもらえないだろうか、とか。まっすぐ教頭先生に相談してくれればわたしも越権行為しなくてすむんですけど、どういうわけかわたしにくる。」

「そりゃそうでしょう。」

「え?どうして?わたし自分から相談してなんて言ったこと、一度もありませんよ。」

「だから前にお話したじゃないですか。イメージですよ。イメージ。」

「イメージ?」

「あなたのイメージは、あの人に相談したら、多少越権行為をしてでも、間に入ってくれるだろうというイメージ。」

なるほどね。

わたし、イヤだわ。そんなイメージ…(笑)

でも、たしかにそういうイメージがあるかもしれない。だって、間違ってると思ったら黙っていられないんだもの。

カウンセラーの先生が言った。

「自分の役目と他人の役目の境目、ちゃんと見分けましょう。越権行為は、ある意味生意気なんです。だからその境目、越えちゃわないようにしないと、ね。」

今年の目標

今年の目標が決まらないでいた。

やりたいことが今ひとつ見つからない。

若い頃はあれに挑戦しよう、これをやってみようと思ったものだけれど、最近は考えても考えても「これだ!」と思うものが見つからない。

カウンセラーの先生が話してくれたことが、ぐるぐると頭を中をよぎる。

「あなたが本当にしたいと思うことを、ゆっくり探しましょう。」

今年で38歳になるというのに、ゆっくり探していていいのか、という気になる。

でも、今日、とてもちっぽけな目標を見つけた。

それは、自分の生活を(仕事も家庭も含め)なるべくシンプルにすることだ。

わたしは自分で色々なことを引き受ける癖があって、毎日がものすごく忙しい。

朝起きて、学校に行って、夜遅くまで仕事をし、ご飯を食べる暇もなく気が付いたら寝ているという生活。

こんな毎日だと、自分のことを真剣に考える時間なんてまったくない。

もちろん、自分の仕事はしっかりやるつもりだけれど、それ以外は少し自分のこれからを考える時間をもてるよう、努力しようと思う。

「仕事でもなんでもね、自分の意思で、よく考えた上で、やることを選びとっていくようにしなさい。」

カウンセラーの先生が言った言葉を思い出した。

「同じ仕事でもね、自分でよく考えてから引き受けた仕事と、頼まれたから取り合えず引き受けた仕事では、満足度が違うんですよ。」

たしかにそうだろうと思う。

「ですから、まず、なにかを頼まれたときには、すぐに返事をしないでごらん。」

「返事をしない?」

わたしが聞き返すと

「もちろん、無視しなさいということではなく、一日考えさせてもらえますか?っていうとか、そいういう意味ですよ。そして、一日考えるんです。これを引き受けたらどうなるか、時間はあるのか、どこまでだったらできるのか、無理しすぎていないか、本当に自分じゃないとだめなのか、断るにしても引き受けるにしてもどんな言葉で返事をするのか、そういうことをよく考えてから決めるんです。」

とカウンセラーの先生は言った。

「あなたはね、あれもこれも、理事だの部長だのチーフだの、ちょっと簡単に引き受けすぎてしまってきているからね、人にはイメージができあがるんですよ。あの人なら頼めるだろう、ってね。まずそれを少し崩さないといけない。そこを上手に崩して、自分の時間を持つことです。」

先生が言うには、やりたいことはこの次の段階らしい。

まずは今までに背負ってきた重たい荷物をおろさないと。

荷物をおろせるだけおろしてから、自分で本当に必要なものだけ、選び取って生きてみよう。

おそるべしギャルたち

今日からまた、ある音楽のコンクールに向けて、猛練習が始まった。

4年生と5年生は「あけましておめでとう。」の挨拶が終わったら、お年玉でなにを買ったかとか、おじいちゃんの家に行ったんだよ、という話をしだしたけれど、少し遅れて入ってきた6年生のギャルたちはわたしの顔を見るなりこうだ。

「先生!きいて!彼氏から年賀状きたさ!」

「よかったねぇ、なんて書いてあった?」

「は!?無理だしぃ~。別に普通だよ。だって親とかみるから。」

「あ、そうか。なるほど。先生にはね、今年もよろしくお願いしますって書いてあったよ。」

「え?きたの?」

「きたよ。」

「うちの彼氏から?」

「うん。」

「はぁ?!なんでぇ!」

どうやら怒らせてしまったようだ・・・・・・・。いいじゃん、先生なんだから、と言ってはみたが機嫌が悪い。

明日チョコレート持って行こう。

おそるべし、6年生のギャルたち。

ちょうどいい距離をおくこと

妹から電話がきた。妹は境界性人格障がいという障がいがある。

感情がコントロールできず、いつも漠然とした不安とたたかっていて、ひどくなるとパニックを起こす。

時々、自分の状態が悪くなると、わたしに電話をよこす。

原因は生まれ持った性格もあるし、家庭環境や育てられ方もあるらしい。

とにかく、妹は内にこもっていい子を演じ、どんどんうつ状態になっていったし、わたしはまったく反対で、小学校高学年くらいから高校を卒業するくらいまで悪くなり続けた。

でも、小さいころに厳しくしつけられた親の影響は大きく、不良の格好をしてそういう仲間と常に一緒にいたし、必死に親に反抗をしたつもりだったけれど、本当に悪くはなれなかった。根が真面目だったのだろう。

カウンセラーの先生に妹について相談したことがあるけれど、先生は「一緒に住んでいる限り、ちょっと治るのは難しいかもしれませんね。」と言った。

なにしろ親との関係でここまでこじれてしまったものだから、親と少し距離をおかないと、大人になったとはいっても、親の言動を気にし続け、影響を受け続け、感情は揺れ動き続けるのだという。

そして、そういう自分を好きになることは難しいらしい。

その点、わたしはよかったのかもしれない。いくら根は真面目だったとはいえ、高校生になると彼氏を作って遊び歩き、大学生になると彼の家にいりびたってしまった。もちろん、20歳になった時には就職して落ち着いたけれど、一人暮らしをすることになり家を出てしまったので、親とは16歳くらいからかなり距離をおくことができていた。

カウンセラーの先生いわく、家族であっても夫婦であっても、上手に距離をおくことがとても大切だという。

誰かのことばかり気にしていると、自分も自分らしく生きられないし、気にされている相手も相手らしく生きられないらしい。そういう関係は、少しずつ少しずつ苦しくなるそうだ。

誰とどのくらい距離をおくか。ちょうどいい距離とはどのくらいか。距離をおくとは、具体的にどういうことか。そんなことを最近よく考える。

夫に何気なく聞いてみた。

「ねぇ、距離をおくって、どういう感じかな。具体的に。」

「うぅーん、距離をおくねぇ。近づかないってことかな。あまり話をしないとか。いや、話はするけど、あまり深くは関わらないとか。そういうことかな。」

ふむ。なるほど。

全て当たり前のことだけれど、「あまり深くは」っていうのがいいね、と思った。

まったく知らん振りをするわけではないんだけれど、深く干渉したり、多くを求めたり、常に一緒にいたり、全てを知りたいと思ったり、完璧に理解してもらおうとしたり、そういう「深く」「多く」「常に」「全て」「完璧」というのがだめなのかもしれない。

わたしがわたしの人生を自分で輝かせることができて初めて、他の人の人生も「その人のたった一度の人生」として、尊重し、大切にできるのだろう。

こりゃ太るわ。

アメリカでは毎日のようにフードコートで遅い朝食をとった。

早い昼食とも言う。

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それにしても、7~8ドルくらいでこれだけのものが出てくるってすごい。

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写真にあるのは、スパイシーな味付けの海老と、とてもやわらかいチキンと、べちょべちょであまり味のしない野菜炒め。

「なんだ。その3品だけで700円くらいなら、別に普通じゃない?」と思うかもしれないが、なにせ量が多い。

大きめのカレー皿に山盛りなんだもの。こりゃ太るわ。

ここにハーゲンダッツがあったので、半分くらい残した主食は夫にゆだね、秋はさっさとデザートを食べに行った。

キャラメルコーンという味のアイスを注文したら、ハリーポッターをちょっと太らせて人懐っこくしたような顔のお兄さんがこう言った。

「はい。あのぉにほんごえーとすこしあぁーーわかります。」

最初に「日本人ですか?」とかなんとか言ってくれればすぐに理解できただろうけれど、せっかくカタコトの英語で話しかけて身構えて返事を待っている秋に、秋の英語よりもカタコトで、区切りがまったくなくて、イントネーションがまるきりぐちゃぐちゃな日本語で話しかけられたもんだから、最初はなにが起きたのか全然理解できなかった。

「ん?」と聞き返すと「あぁすいませんごめんなさい。えとわたしにほんごわかりますすこし、えーとでもすこし。にほんへ、にほんに、にほんが、えーとむずかしい、あーすこしいました。わかりますかわからない。」

「ああ!!そうですか。上手ですね。日本語。」

「ああ、ありがとうございます。」

彼はやっと安心したようににっこりと微笑んだ。そして突然こう言った。

「あおもり。」

わたしはなにかの聞き間違えかと思って聞き返した。「え?なに?」

彼はさらにはっきりと、しかもさっきよりずっと上手なイントネーションで繰り返した。

「あおもり。」

「・・・・・・・・あおもり?えっと青森って青森のこと?」

「はい。あおもり。」

「住んでたの?」

「あん、えーとあおもり。」

そしてにっこりと笑いながらアイスクリームを手渡してくれた。

まったく意味不明な最後の言葉だったが、彼はとても満足していた様子だったのでつっこむのはやめた。

なんだったんだろう。

グランドキャニオン、気をつけてね。

グランドキャニオンってね、まるで冬の北海道で、林の中を歩いている感じなんだけど。

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右を見ると、こうなってるわけ。

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きちんと全部に柵があるわけじゃないので、怖いですよ、結構。

ガイドさんに「これ、危なくないんですか?」って聞いたら、「危ないですよ。年間10人くらいは落ちてお亡くなりになる方もいますから。」って言ってました。

それにしても、アメリカっておっきい。

ラスベガスって

思っていたよりすごく上品できれいな街でした。

なんか、ラスベガスといえば、カジノとオーシャンズ13が思い浮かんでしまって、ゴージャスだけど怖いイメージがあったんです。

でも、ちょっと違った。思ったよりもずっとお上品な街で、観光客もけっこうお金持ちの人が多いみたい。

べラジオの噴水ショーには感動したわ。

まるでお水が生きていてダンスをしているみたいなんだもの。

 

突然大きな音楽が流れ出して、水の底からライトの光が浮かび上がる。

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クライマックスになると、これでもか!というほどの高さまで水しぶきが舞う。

思わず観客から歓声と拍手が。

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すごかったわー。ほんと、ステキでした。

街もとてもきらびやかで、夜遅くまで観光客で賑わっていました。

すごい豪華で大きなホテルが並んでいました。

でもね、危険な感じはなかったなー。紳士的な感じでした。

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