秋の好きな記憶たち

  • レアですよ。
    あ、そういえば、この時良かったよね。 そういう記憶たちを詰め込みます。気ままにね。

素材集

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2009年8月

シーフードヌードル♪

シーフードヌードルに乾燥わかめを入れて食べるのが大好きです。乾燥しているカットわかめをたっぷり入れてからお湯を注いで食べるの。

いつだったかテレビで観たんですけど、有名な海外のレストランのシェフに、色々な種類の日本のカップラーメンを食べてもらって、一番おいしいと思ったカップラーメンを1つ選んでもらうのです。

わたしはテレビを観ながら「わたしなら日清のシーフードヌードルだなぁ。」と言うと、夫が「そうかなぁ。そんなにおいしいかなぁ。」と反論したのですが、結果は見事シーフードヌードルだったので、嬉しくなったのを覚えています。

2番目は赤いきつね!ジューシーで大きなあげがたまらない♪あれにも乾燥わかめや麩を入れるんです。おいしいですよ。

コネタマ参加中: 好きなカップラーメンは?

夏の終わる日は、毎年変わります。

今年は8月24日でした。

わたしの中では、毎年夏が終わる日は変わります。

でも、「あ、夏が終わった。」というふうに感じるわけではありません。

朝起きて居間に下りていくと、少しだけ開けてあった窓から入ってくる空気が、ある日突然秋になるのです。

「あ、秋だ。」と、そう思うんです。

少しひんやりとしていて、透き通っていて、凛とした空気です。

その空気をすっと吸い込んだ瞬間、昨日までの暑苦しい毎日が急に懐かしくなるのです。

コネタマ参加中: あなたにとって、夏終了は“何月何日”?

この家です。

わたしが買ってよかったとつくづく思うものは、今住んでいる家です。

高かったけれど、とっても満足しています。

一番満足している点は、リビングが二階にあるというところと、洗面所やトイレのある場所と、洗濯機があるランドリーとお風呂がある場所を別々にしたところ。

お客さんが来ると、トイレや洗面所を使うことってあるでしょう?そういう時に、ランドリーを通らずにトイレに行けるので、洗濯物を気にする必要がないんです。

あと、二階に居間があると、見晴らしもいいし、隣家の人の目線があまり気になりません。

ちょっと高かったけれど、メンテナンスもしっかりしているし、建ててからもう10年近く経ちますが未だにどこも悪くなってきているところはないし、本当に良かったと思っています。

住友林業という会社で建てましたが、もし、もう一度建てることになったとしても、絶対にまた住友林業で建てようと思っています。

ま、また建てるなんて無理だと思うけどね。(笑)

コネタマ参加中: ちょっと高かったけど、買って良かったモノは?

どう生きるか。

今日、学校で色々あった。長い時間話し合った。

学校の出した方向は、わたしにとって納得のいかないものだった。

学校は学校を守りたい。よくある発想だ。

仲間にどう思われても、わたしは子どもの側につけるのか。

彼らのために強くなれるのか。上の者に意見できるのか。

さっきからそればかり考えている。

時々自分のやっていることが、本当にあっているのかどうかわからなくなる。

自分の生き方を貫いていいものかどうか、わからなくなる。

ぐるぐる巻きに縛られた世界を蹴散らして一人で歩くのは、

時々とても勇気がいる。

行けと言われれば行けるけどさ。

カフェと違って、一人では行きたくないなぁ。

行けと言われれば行けないわけじゃないけど、焼肉ってみんなでわいわいっていうイメージがあるもの。

ランチならまだいいけど、夜には特に一人で行きたくない。

家族や仲間同士でにぎやかに食べている横で一人で焼肉を焼いている姿って、なんだかさみしくない?

でもね、最近ね、家の近くにある行きつけの居酒屋さんに一人で行っちゃった。

いつもは夫と一緒に行って、マスターとお話しながら食べるんだけど、夫が合宿に行っちゃって一人でつまらなかったので、ふと思い立ってその居酒屋さんに行きました。

「あ、いらっしゃい!先生、今日はひとり?めずらしいねぇ。」って言われたけど、マスターとお話しながら、サラダとお茶漬けを食べて帰ってきました(笑)

結構楽しかったよ。

コネタマ参加中: あなたは一人で焼肉を食べに行ける? 行けない?

北海道においでー。

今日は朝から夫と余市の『柿崎商店』に出かけました。

『柿崎商店』の二階にはお店があって、安いお値段でおいしいものが食べられます。

秋はうにが大好きなので、うに丼を注文しました。

赤ウニのほうが味が濃くておいしいのですが、それだけお値段も高いので、白ウニの安いほうを注文しました。

ネットで調べたところによると、行列は覚悟で行きなさいと書いてありましたが、タッチの差で行列は逃れることができました。着いたのが11時ごろでお昼にはちょっと早い時間帯だったのが良かったのでしょう。

でも、わたしたちがお店に入って10分後くらいには、もう行列が出来ていました。

おいしかったよ♪

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ウニ丼 1800円  (お味噌汁と漬物付き)

 

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イカ刺 250円 安いよね。

北海道においしいもの食べにおいでー♪

歳がばれちゃう。

歳がばれちゃうけれど、ま、隠しているわけではないからいっか。

わたしが小学生のころ、クラスではチェッカーズが大人気でした。

わたしはあんまりテレビを見せてもらえなかったし、そんなにミーハーではなかったのですが、それでも藤井フミヤさんはルックスといい、歌声といい、本当に大好きでした。

本当はチェッカーズの出るテレビを好きなだけ見せてもらいたかったけれど、許してもらえませんでした。でも、なんとエレクトーンの先生が『星屑のステージ』を弾こう!と言ってくれたので、それを理由にお母さんに交渉したところ、トップテンだかベストテンという歌番組を何度か見せてもらうことができました。

今、フミヤっていくつなんだろう?

なにしてるんだろう?

どんなふうになっているんだろう?

知らないほうがいいか。

コネタマ参加中: あなたにとっての“アイドル”は誰?

命と夫と言いたいところだけど。

1番大切なのは命だけれど 「持って」逃げるなら? と言われたら、

なにか「物」じゃないとだめかなぁと思うので、携帯電話にします。

夫の顔もちらっとは浮かびましたが、1メートル80センチの彼は持てませんので自力でどうぞ、という感じ(笑)

助けを求めるためにも、無事を知らせるためにも、万が一救急車を呼ぶためにも、取り合えず携帯電話を持つような気がします。

でも、きっと回線パンクしてつながらないんだろうなぁ。

そっか。大地震だもんなぁ。

つながらないよ。

絶対。

・・・・・・・・・・・・・・なに持てばいいの?

コネタマ参加中: 大地震が来たとき、1つだけ持って逃げるなら?

ただいま。

昨日、秋田から帰ってきました。

武家屋敷も田沢湖も男鹿半島もとてもよかった。

一番観光客がいない時期だったのかもしれません。静かな静かな秋田でした。

いった場所がたまたまそうだったからでしょうか。

秋田の人は、みんなどこか他のところへ旅行に行ってしまっているのか、

それとも静かにお家の中で涼んでいるのか、そのくらい人を見かけませんでした。

Bukeyashiki

いってきます。

明日、秋田に行ってきます。

武家屋敷と田沢湖と乳頭温泉とがっこ会席と男鹿半島が楽しみ♪

時間があったら白神山地にも行きたいんだけれど。

帰ってきたら写真アップするね。

じゃ、いってきます。

一生懸命だからこそ

昨日の夜、教え子が15人ほど集まったから来てほしいという連絡を受け、結婚式の後、居酒屋へかけつけた。

26歳になった子ども達と一緒に楽しいひとときを過ごした。

ある女の子はもう3人の子どもの母親になっていて、かわいい3人の子ども達の写真をみんなに見せ、幸せそうに微笑んでいた。

でも、そのすぐあと、わたしのそばにくると「実はね、先生、苦しいんだ。」と言った。

だんなさんは忙しく、育児に協力したくてもできない状況だという。本当に忙しそうだし、自分は専業主婦なので、仕方がないと思っている、と。

だから、3人の子どもを必死に面倒見ているけれど、いっぺんに抱っこするわけにもいかず、お姉ちゃんについつい我慢させてしまうとのこと。

お姉ちゃんは泣いて弟たちをいじめるようになり、それをとめようと、またお姉ちゃんを叱る。悪循環だ。

どこかに連れて行って!とせがまれても、せいぜい近くの公園が限度とのこと。

心配症なところもあって、公園で遊んでいても3人から片時も目が離せず、気持ちが休まらないという。

子どものいるお母さん友達からは「心配しすぎるんだって!」と言われ、自分を全否定された気になるし、保育園からは「もうちょっとお姉ちゃんとスキンシップをとったらいいと思いますよ。」と言われ、自分を責める。

「わたし、最近はクスリを飲むようになっちゃって。」と言った。

わたしは、彼女の一生懸命に子育てする姿に、自分のクラスのお母さんたちを重ねた。

そして、彼女に伝えた。

同じような悩みを持っているお母さん達からよく相談を受けることと、そのお母さん達に共通しているのは、一生懸命に子育てをしようと頑張っている、素晴らしいお母さん達だと。

わたしに子育ての経験はないが、3人に全く平等に言葉をかけ、時間をかけ、世話をするなんて、無理なんだと思う。子育てを母親一人で完璧にこなすなんて、無理なんだと思う。

それでも自分を責め続ける彼女に、なにかいいアドバイスをしてあげたいけれど、昨日は上手にできなかった。聞くことしかできなかった。

一生懸命だからこそ、辛くなる。わかっていても、もともとの性格もあって、なかなか手が抜けない。

人間はそう簡単に変われるものではないのだ。

だって昨日までと違うんだもん!

今年の春にあったことです。

わたしは車にETCをつけているため、高速道路を利用する時には、必ずETC専用のゲートをつかいます。

その日も札幌から高速に乗り、自宅のある○○市まで走り、そこのインターチェンジで降りようとしました。

いつも利用しているインターチェンジだったので、あまり深く考えずにいつもの出口へ。

時速30~40キロくらいで近づいていって、あと何十メートルかでバーがある、というところで視界に入ってきたはバーではなく、男の人の腕と上半身でした。

「あれ?!どうして?」と思ったんですが、もうそのときには時速20キロくらいでその手を振り切って出口を出てしまいました。

「こらあああああ、止まれ!」という大声と同時に、わたしも自分のミスに気付いて急ブレーキをかけました。

ETCの専用出口が昨日までと逆になっていたのです。

結局追いかけてきた男の人にカードを抜いて渡したところ、

「ETCでしょ?昨日まで逆だったから、わかんなかったんでしょ?」

と言われ許してもらいましたが、もうちょっとスピードを出していたら、その人の腕と接触していのではないか……と思い、ぞっとしました。

でもさーーー、昨日までと突然違うんだもん。

変わるんなら、変わるって、少し前から看板くらい出しておいてよねー。

男の人の口ぶりからも、間違えたのはわたしだけではないらしいことはわかりました。

みなさんも、気をつけて。

今日の出口が、明日の出口とは限りませんから。

コネタマ参加中: 思わず冷や汗をかいた経験を教えて!【ココログ選手権】

先生のくせに。

「先生のくせに!」と言われそうですが、素晴らしい計画を立てるのに、3日坊主で父親に叱られ、泣く泣く間に合わせる派でした。

つまり、3分の1くらいは順調にやれるのですが、すぐに面倒になってやらなくなり、父親にこってりしかられて後半に残りの3分の2をやらされるわけ。

お仕置きとして、友達の家には遊びにいったらだめ、テレビもみたらだめ、正座のまま宿題をやらされ、お父さんが「よし、ここまで。」というまではご飯もだめ。

まさに天国から地獄でした。勉強、嫌いだったんです(笑)

でもね、今はちゃっかり先生になんかなっちゃって、「計画を立ててやりなさいよ。」なんて言ってる。「毎日少しずつが大切なんだよ。勉強する習慣をつけること、それが大事だよ。」だってさ。

自分が子どもだったら、あんたに言われたくないよ、って感じよね。

ま、前半にやろうと後半にやろうと、間に合えばよし、と思っているのはわたしだけ?

コネタマ参加中: 夏休みの宿題、先にやる派? 後にやる派?【ココログ選手権】

嘘だ!と言われそうですが。

かっぱえびせんを食べることです(笑)

これはわたしが小学生の時からやめられないことなんですが、

友達から「かっぱえびせんにマヨネーズつけると本当においしいんだよ。」と聞き、やってみたら本当にやめられなくなりました。

母親には「やめなさい!身体に悪い!」と叱られましたが、こっそりやっていました(笑)

いつ、どうやって思いついたかはわかりませんが、気が付いたら今度は、マヨネーズに一味をいれて、それにかっぱえびせんをつけて食べるようになっていました。

これがまたやめられません。

今でこそ、ちょっとは控えるようになりましたが、もう少し若いころは、かっぱえびせんを食べたくてマヨネーズをつけているんだか、マヨネーズを食べたくてかっぱえびせんにつけてんだか、わからなくなるくらいべとべとにしてました(笑)

身体に悪いからやらないほうがいいけど……やっぱり一回だけやってみて♪

コネタマ参加中: あなたの“やめられない、止まらない”ことは何?【ココログ選手権】

あるある。いっぱいある。

さすがにこの歳になったので、ドキッとまではしないけど、

「かっこいーねー。」と思うしぐさはいっぱいある(笑)

まず、たばこ。

たばこに火をつけるときに顔をしかめることがあるでしょ?

あれ好きです。なんかかっこいい。

あとね、スーツの上着を着る瞬間が好き。素敵。

あ、静かな喫茶店で静かに本をよんでいる人とかもいいねぇ。

時々窓に目をやって、時々たばこを吸うの。

なんていうか、顔がかっこいいとかそういうんじゃなくて、

無口で静かでわが道を行くタイプが好き。

はぁ。それなのに…

うちの夫は今、トランクス一枚で耳かきしながらアイス食べてます。

現実と理想は違うのだ。

コネタマ参加中: ドキッとする異性のしぐさ、表情は?【ココログ選手権】

最近ばれた嘘。

夫についた嘘がばれました。

「パチンコやめて。わたしもエステやめるから!」

と言ったことがあったのですが、

夫はパチンコをやめません。(控えてはいますが。)

「秋はエステ、本当にやめたの?」と聞かれたとき、

「やめたよ。ちゃんとね。」と嘘をつきました。

本当は月に1~2回行ってるんだけどね(笑)

つい最近、「忘れたら困るわ!」と思って、

次のエステの日にちをカレンダーに書き込んでしまいました。

ばかでしょう?

大きく、黒いペンで「TBC」って…(笑)

夫はすぐに気付いて「あれ?やめたんじゃなかったの?」と聞いてきました。

そこでついた嘘。

「うんとねー、チケットが余ってたの。もったいないじゃない?チケット使いきらないと。」

なーーーーーーーにを言ってるか!という感じ。

ついこの前、12万円分買い足したばかりなのに。

でもいいの。

夫もきっと、これから12万円以上はパチンコやさんに収めることになるはず。

さて、今度は「まだチケット余ってるの?あれから随分たつけど。」と聞かれることになるでしょう。

今から言い訳を考えないと。

コネタマ参加中: 嘘がばれたときの言い訳教えて

さくらんぼ、見えたよ。

わたしは、女性では10000人に1人といわれる赤緑色弱です。

自分で見づらいなぁと思うのは、緑の中の赤や、グレーの中の赤、

グレーの中の緑などですが、他にも赤だと思ったら茶色だったり、

緑だと思ったら青だったりします。

小さい頃に、いちご狩りにいった時、

母親が「この子はなんでいちごを採らないんだろうう?」と思って、

わたしに「たくさんあるでしょ。早く採りなさい。」と言ったそうですが、

後から色弱だとわかり、採らなかったのではなくて、採れなかったことがわかりました。

わたしには、緑の中の赤い苺は全部緑に見えるので、採りにくいのです。

さくらんぼ狩りも見えないんじゃないかと思って心配でしたが、

さくらんぼは全部が真っ赤じゃなかったし、木になっているので、

茶色い枝や空の青が助けてくれたおかげで、たくさんとることができました。

プラムはけっこう赤かったのですが、すごく大きいのが目の前にぶらさがっていたので、これもちゃんと見えました。

帰りの車の中で、同僚に「あとは黒板の赤が見えればいいのにね。」と言われました。

黒板に赤い文字で書かれても、薄いとほとんど見えないので困ります。

濃く書いても、ちょっと離れるとふわふわと緑の中に沈んで見えるので、

3Dの絵を見ているような感覚になり、瞬時に読むことはできません。

先天性のものなので、治ることもありませんし、治療もありません。

一度でいいから、みんなの見ている『赤色』と呼ばれるものが、

わたしの見ている『赤色』とどのように違うのか、見てみたいです。

ま、生まれつきなので、特別不自由しているわけではないのでいいのですが。

今日はさくらんぼでおなかがいっぱいです。

秋になったらプルーン狩りに行く予定です!

父には父の辛さがあった

わたしはどうしてこんなにも父に嫌われるんだろう。

いつも疑問に思っていた。

父に褒められようと、小さいながらに一生懸命頑張ったつもりだった。

テストで95点をとると、一番最初に思い浮かぶのは、父の姿だった。

わたしは、帰りに道に父に褒められる姿をなんパターンも想像して帰った。

「おお、よくやったな。」だけかもしれないし、

「この次も頑張れよ。」という言葉がつくかもしれない。

もしかしたら、クラスで何人くらい95点をとった人がいたか、について聞かれるかもしれない。何人くらいいたんだろう。できれば少ないほうがいいんだけれど。

そんなことを考えた。

でも、父はほとんどの場合、その期待を裏切った。

「お前はばかか。なんで残りの5点をとれなかったんだ。こんなんで喜ぶな。

 いいか、北大を目指すな。北大なんてバカでもいけるんだ。

 小学校で全部100点とれないなら、北大さえも無理だぞ。」

父はよく、『北大』という言葉を使った。

わたしは小学生の3年生くらいには、すでに「北大くらいじゃだめなんだって。」という言葉を友達にも言うようになっていた。

多くの友達はきょとんとした顔で「ホクダイってなに?」と聞いた。

その話を父に伝えると「北大を知らない友達と付き合うな。そんなバカは相手にするな。」と言った。「バカの中にいると、もっとバカになるぞ。」それも父の口癖だった。

父親は自分が慶応大学を出ていることを、ずっと隠していた。

わたしが何度も「お父さんはどこの大学を出たの?」と聞いても、「恥しくていえないようなところだ。」を繰り返した。「お前は恥しいところへ行くな。東大にいけ。」と言った。

父は双子だった。

2歳の時に父だけ養子に出された。

母から聞いた話だと、父は迷惑をかけてはならないと、一生懸命に勉強したそうだ。

もともと勉強が好きで、成績も良かった父は、大学進学を希望していた。

でも、私立だとお金がかかるので、国立を狙っていたらしい。

大好きな剣道もやめ、野球もやめ、囲碁もやめ、勉強に専念していたと聞いた。

結婚してからも父親が夢にうなされて飛び起きる姿を、何度か母親は見たという。

「どうしたの?」と聞くと「いつものだ。夢だ。」と答えた。

いつもの夢は、大学に落ちる夢だ。

父には、父なりの辛さがあったのだ。

父にも、辛い幼少時代があったのだ。

わたしは父に嫌われていたのではなく、過剰に期待されていた。

自分のようにはなってほしくないという、愛情の裏返しだったのかもしれない。

でもわたしはそんなに優秀じゃなかったし、父親の過去について想像し、その辛さを理解するなんていう考えは浮かばなかった。

わたしはただ、北大にさえもいけない自分を情けなく思った。

なんて頭の悪い人間なんだろうと思った。

ただただ、申し訳なく思った。

あの時はまだ、『最低でも北大に行かないとだめだ。』というこの言葉の影響が、

こんなにも長く自分に影を落とすなんて考えてみもしなかったけれど。

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